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修学旅行で・・・


この文章は2001年、筆者が高校時代に修学旅行で経験した話を文にしたものである。多少謎の固有名詞が存在しますが軽く流してお読み下さい(笑)。

―――修学旅行。高校生にとって、この行事は特別なものであろう。クラスメートの意外な一面が明るみに出たり、いわゆる「誰と誰がぁ〜」的暴露話もずいぶん飛び交うわけだ。この雰囲気が、またいいものなのである。
 ところが、今回の修学旅行、私にとっては他の生徒とは少し、いや大分意味合いが違っていた。―――いやいやいやいや!!別に地酒探索ツアーを結構(もとい決行、でも言い得て妙)したとか、そんなことじゃないっすよ!! そう、今回は、愛媛に住むプログレ小僧同盟幹部、龍平君とついに会うことになっていたのだ!!

 修学旅行二日目。私は宮島のホテル「まこと」で目を覚ました。前の晩、一日目からうちの部屋の人は早くも熱いトークを展開。大学は、気になるあの人は、と盛りだくさん。よって、睡眠時間は少なかった。私などは食事もろくに喉を通らず、一番乗りで食堂を出たのだった。
 食事後ホテルを出発し、厳島神社へと向かう。さすがに世界遺産、その荘厳さに感動した・・・と言いたいところだが、もっとも気になったのは48樽の酒樽だった。私の意識は飛んだ。あの時友人に止められていなかったら、恐らくあれを飲み干し・・・いやいや、そんなことはないよな〜。何とか現実に戻り(引き戻され)、お土産の日本酒を購入。ここら辺がなかなか現実に還っていない。
 その後船で松山へと向かった私は、もうすでに「おーい龍平君どこなんだよっ」てな感じで、とてもとても日本酒の事なんて頭から・・・しっかり残ってた。父親に「愛媛の地酒教えて」メールを送ったさ。しかも、他の県でも・・・。とりあえず、松山市内を散策することに。まず、市の中心まで行き、そこから「子規堂」というところに。そう、あの明治を代表する歌人、正岡子規の(たぶん)旧宅である。彼にまつわる品や、作品などが展示されていた。非常に奥ゆかしい場所だ。
 その後昼食をとる。うどん屋。ごきちゃんのあしがはいってた。ちっちゃいけど。でも何も言わず全部食べた。そして、松山城を見学。班の人が、「やっぱりここから銃で撃ったんだろうなぁ」と城壁に開いた穴を見て言っていた。そんなこと、考えもしなかった、たはは。やはりみんなモノを知っているよ。

 見学も終わると、時間は三時近くなっていた・・・。そろそろ龍平君も授業が終わる頃だな、何て考えながら、宿へと向かうことにした。松山市内には、今なお路面電車が走っているが、これはすごく風情があると思う。東京のそれよりも、ずっと街に、道路に、そして人になじんでいるように感じた。
 宿に着くと、うちのクラスの人の大多数が、温泉に行くのだという。ぞろぞろ行かなくても・・・、と思ったが、言わなかった。それに、俺はそんなコトしている暇はないのだ。龍平君に会わなくては!!部屋に行き、荷物を置いて楽器をとり、いざ!!
 宿の外で少し待つと、道路の向こう側から自転車に乗る人が・・・。ついに来た、龍平君だ!!彼は私の顔を知っているから、すぐに解ったようだ。早速挨拶を済ませ、歓談を始める。ただ、その間にも前を学校の生徒が通り過ぎる・・・。明らかに不振そうな目。「なんで今井は自転車乗ってる人と喋ってんだよ、おい」てな感じ。その視線が痛くもかゆくもあり、とりあえず場所を移動することに。向かったのは、ちょっと坂を上ったところにあった駐車場。早速吹いたのは、ジェントル・ジャイアントの「オン・リフレクション」。もちろんリコーダーである。shinさんにも聴かせたかった・・・(笑)。そしてここからがフルートの出番。まずキング・クリムゾンの「クリムゾン・キングの宮殿」のフルートソロを吹く。そして、続けて「21馬鹿」・・・。松山市内は突然プログレフルートの襲撃を受けたのだった(大げさ)。
 ところがそんな時である。何やら上の方から声が・・・ええっ?! 見ると、白い服を着た見た感じ40くらいのおじさんがこちらを見ているではないか!しかも病院から(笑)。彼は私の顔を見るなり信じられないセリフを吐いた。「それってクリムゾン・キングの宮殿でしょー?」―――はあっ?!
 ちょっっっっと待てっ!!なにゆえあなたはそんなことを言う?!しかも病院から!!というこちらの驚きをよそに、彼は「エピタフ演ってよ」などとリクエストをする始末。しかし、そこはこれまで数々の荒行を行ってきた私である。「よっしゃ、いっちょ吹いたるで〜!!」とすぐにやる気満々。でもエピタフはフルートがないので、「風に語りて」を吹くことに。吹き終わると、地上と空中からのダブル拍手。うーん、何て言うか、スゴイ(笑)。彼は、その後もキャメルなどをリクエストし、病院の中へと戻っていった・・・。

 とりあえずチェックインの午後5時が来てしまったので、龍平君とはいったん別れ、私はもとの高校生の生活へと戻っていった。しかし、興奮が冷めるはずがない。初めて龍平君に会い、そのうえプログレ好きのリクエストおじさんまで登場してしまったのだ。これで興奮しないフルート吹きはいない。ご飯の時間も、ほとんどうわの空で、「早く自由行動〜っ!!」と心で叫んでいた。食事を早めに済ませ、龍平君に連絡。また宿の前まで来てもらう。来ると、彼はギターを持っていた。一度別れるとき、私が持ってきてくれるよう頼んだのだ。これでどこかでセッションを・・・と思いつつ、松山市内へ漁盤に向かう。(が、実は松山市内に行くことは学校では禁止されていた。そこはこそっと行ったわけであって、これを見ている学校関係者の方は是非目をつむっていただきたい。)
 まず行ったのは、「モア・ミュージック」というお店。ここ、松山の商店街(と呼ぶべきか)の中にあるところで、班行動の時にも実は素通りはしていた。中に入ると、結構な数のCDが・・・。しかしまずLPから見る。すると、最初に目に飛び込んだのは「イデオンU」・・・。昔のロボ系アニメサントラのようだが、作曲がすぎやまこういちなので即買う。それと、キングのユーロロックシリーズより、メッセージの「神経細胞」を買う。ちょうどLPが50%オフだったのでかなり助かった。そして、いよいよCDコーナーへ。龍平君に、「マグマある?」と聴くと、いっぱいありますよ、とのこと。すぐに「M」の場所に向かうと、あるわあるわ、マグマ。こりゃあいい。ということで、来日記念盤「呪われし地球人たちへ(M.D.K)」を購入。なんか東京だとプレミアが付いていた記憶が・・・。
 そんなこんなでその店を後にした我々は、次に松山一のブート屋(龍平君談)へと向かう。・・・が、そこはとあるマンションの一室・・・。いかにもって感じの雰囲気だった。ここは龍平君は常連らしく、店の主人も彼のことを名前で呼んでいるほどだった。龍平君のためか、ずいぶんプログレ系のブートCDを揃えているようで、いろいろあった。だが、私はそれらは買わず、オザンナの「パレポリ」を購入。もちろんキングシリーズのLPである。

 さて、そろそろ時間が無くなってきた。班員とは8時半に旅館前集合ということになっていたので、急がなくてはとなったのだが、どうも名残惜しい。20時24分発、道後温泉駅行きの路面電車に乗りながら、プログレ談義を交わす。終点一つ前の「公園前駅」に着いたときはすでに30分を過ぎていて、あわてて旅館に残っていた班員に連絡。すると、他の班員はもう旅館の中にいるというので、安心安心。ほっとしたのか、名残惜しかったのか、我々はまた、あの病院へと向かった・・・。
 時間は、8時45分。最終チェック9時まで、時間はもうほとんどない。急いで私はフルートを出し、龍平君はギターを出す。二人で何が出来るだろう、と考えて演奏したのは、「風に語りて」―――。そう、あの時、あのおじさんにエピタフのリクエストの変わりに吹いた曲である。二人とも、リハーサルなどせずすぐに演奏に入った。今まで伴奏を入れてプログレの曲を吹いたことがない私は、彼のギターが凄く新鮮に感じられた。わずか5分ほどのセッションだったが、非常に有意義だった。だが、あのおじさんはさすがに出てこなかった(笑)。夜だもんな〜。
 そして、帰り。いよいよお別れである。時間は、もう9時を回ってしまっていた。しかし、やはり名残惜しい。自転車で来た彼と、ゆっくり、ゆっくり、旅館へと向かった。そして、先生達の見えない所で、ぎゅっ、と熱い握手を交わし、私と龍平君は別れたのだった・・・。

 その後、私はまるで「大急ぎで帰ってきたかのように」息を切らし、ホテルのロビーへと駆け込んだ。中では先生達が、最後の生徒である私をずっと待っていてくれたようだった。「お前なぁ、先生方みんな心配してたんだぞ!!」と熱血教師、W氏にきつーく言われたが、そんなにお咎めはなかった、ホッ。興奮冷めやらない私は、部屋に備え付けてある風呂に入りながらいっぱい。なんと、温泉街に来ながら温泉に全く入らないと言う荒技を繰り出してしまったようだ。ちょっと惜しかった・・・。でも、いいの。修学旅行という「学校の」行事で、ネットの友人にあって、見知らぬプログレオヤジにリクエストされ、漁盤をし、即興セッションまで出来たのだから・・・。こんな体験をしたのは、本当に稀だと思う。いい、想い出になった。そんなこんなで、二日目の夜は更けていくのだった・・・。

おしまい。





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